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ASKA事件を飯島愛さんのブログと取締法規から考えてみた

ASKA事件は想定外の広がりと波紋を広げていますね。

私の記事のカテゴリーも前回は「芸能ニュース」でしたが、今回は迷いなく、「犯罪ニュース」となりました。

アーチストが犯罪に関与して、その人格や作品やコンサートなどから、ファンからは裏切られた、という気持ちをいだかれることは、あることです。

でも、これは食肉の偽装のような公示したものと異なるものが、いわば詐欺的に売られる場合とは、幾分ニュアンスが違うと思います。

例えば、単にアーチストが覚せい剤取締法違反で逮捕されただけでなく、その相方の女性がらみで、ある大手の会社のブラック性がささやかれ、政界との癒着まで疑ってしまうような事態がひとつあります。

また、薬物の入手ルートが重要なのはいうまでもありませんが、その途上で意外な故人、飯島愛さんが登場してきました。

飯島愛さんについては、故人を抽象することはいけないことだと考える、日本人の美徳ともいえる考え方がありますが、捜査上必要であれば、やむを得ないかもしれないですね。

今日は、こうした出来事をめぐって、素朴に、思うことを書いてみたいと思います。

先ず、ASKAさんがやったことは、明らかに犯罪です。

これは弁護の余地なく誰もが認めるところです。

私は他の記事に書いていますが、スランプだったのではないかと思います。

あれだけコンサートで熱狂的なファンに囲まれたことがある人でないと、きっとわからないように思いますけれども、年を重ねても、シニアの年代に響く歌を創りたいと心底思っていたと思いますし、実際に語ってもいます。

しかし、実際にはいくつになっても、孤独で一人で、ひょっとすると才能が錆びついて、いつまでも進歩がないことに気付きます。

子供のように救いを求めても、誰も助けてくれません。

人にとって、無批判で受け入れてくれる人間ほどありがたいものはありません。

私は、、飯島愛さんがそのような人だったのではないかと思います。

何者かが持ち去ったビデオがあったにせよ、飯島さんが悪意をもって撮影したとは思えず、自分の憧れるASKAさんとの共有できた時間を記録したいと思っただけに違いありません。

しかし、飯島愛さんが突然亡くなるという予想外の事態にたじろいで、ASKAさんが覚せい剤に走ったとの説をとるのは、ちょっと抵抗があります。

これは、わかりやすくいえば、次のようなことだと思います。


妻子ある中年男が浮気相手の突然の死があり、その何らかの記録から浮気の発覚を恐れているということ。

相手の女性は愛していたのに、知らん顔を決め込むこと。

また単に浮気だけでなく、自分の生活を根底から崩してしまう覚せい剤の使用が明るみになってしまうかもしれないこと。

私がわからないのは、こうした状況で、忘れるために覚せい剤に走ることが自然な流れかどうかがわからないからです。

個人差もあるでしょうし、それまでに覚せい剤を使っていたようなので、初めてではないから納得できることなのでしょうか。

少しそれるかもしれませんが、日本は、お酒に関しては寛容な国だと思います。

お酒を飲んで車の運転をすることには、厳しいですが、お酒を飲むこと自体については、寛容だと思います。

エドガー・アラン・ポーというアメリカの詩人・小説家は、アルコール中毒者で、「飲酒の習慣以上の病気はこの世にあるだろうか」と言っています。

だから、乱暴ですが、私はまだしもASKAさんが酒に溺れていたほうがよかったのにと思わざるを得ません。

覚せい剤は、反社会的勢力の重要な資金源となっているようです。

一般の人には何が起こっているか、ほとんどわかりません。

私は、ASKAさんがご存じである入手経路その他をすべて知る限り話し、社会から覚せい剤を撲滅することに貢献することこそが、これからすべき最重要な仕事であると考えています。

すべてを明るみにさらし、どのような犠牲を払ってでも、すべてを明るみにさらすことこそが、ASKAさんの再生と、アーチストとしての再出発への道であることに気付いてほしいと強く思います。

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